現場改善ラボ › 記事一覧 › お役立ち情報 › 専門家コラム › 「安全のため」なら怒鳴ってもよい? 製造現場における指導とパワハラの境界

吉野モア法律事務所、代表弁護士の吉野です。本記事では、私たちの事務所にも相談が多い「ハラスメント」について、弁護士の立場から解説します。

「命に関わることだから」「安全のためだから」

そう考えて強い言葉を使ったとしても、その目的だけで、すべての叱責が正当化されるわけではありません。一方で、機械への巻き込みや墜落など、差し迫った危険を止めるために、短く大きな声で「止まれ」「手を離せ」と伝える必要がある場面もあります。

製造現場で重要なのは、「声を荒らげたかどうか」だけで結論を出すことではなく、危険の切迫性、指導の目的、言葉の内容、場所、時間、回数、相手の経験や心身の状況、その後のフォローまでを分けて考えることです。

本記事では、管理職・現場リーダーが 必要な指導を萎縮せずに行いながら、どこからがパワーハラスメントになり得るのかを、法律と現場運用の両面から解説します。

そもそも「ハラスメント」とは何か

「相手が不快に感じたら、直ちにハラスメントが成立する」と説明されることがありますが、法律上の判断としては正確ではありません。行為者に悪意やハラスメントの意図がなくても問題になり得る一方、受け手の主観だけで結論が決まるわけでもありません。言動の内容、業務上の必要性、態様、関係性、反復・継続性、就業環境への影響などを客観的かつ総合的に見ます。

職場で問題となるハラスメントには、パワーハラスメントのほか、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等や育児・介護休業等に関するハラスメント、カスタマーハラスメントなどがあります。

いわゆる「モラルハラスメント」は日常的には広く使われる言葉ですが、法律上の統一的な定義が置かれた独立の類型ではありません。具体的な言動に応じて、パワハラ、民法上の不法行為、安全配慮義務違反などの問題として検討されます。

パワーハラスメントは法律でも対策が義務化されている

職場のパワーハラスメント防止措置は「労働施策総合推進法」により、大企業には2020年6月1日から、中小企業には2022年4月1日から義務化されています。企業には、方針の明確化と周知、相談体制の整備、相談後の迅速かつ正確な事実確認、被害者と行為者への適切な措置、再発防止、プライバシー保護、相談や調査協力を理由とする不利益取扱いの禁止などが求められます。

ここで注意したいのは、法令上のパワハラ該当性、会社や上司の民事上の損害賠償責任、精神障害の労災認定は、それぞれ判断目的と要件が異なることです。ある言動が三要素に該当するか、会社が安全配慮義務や使用者責任を負うか、業務による心理的負荷が労災認定基準を満たすかは、関連はしても同じ問いではありません。社内調査でも、この3つを混同しないことが大切です。

製造現場での指導とパワハラ境界線

なぜ指導とパワハラの境界が曖昧になるのか。製造現場で起こりがちな要因と対策を、3つの観点から確認しましょう。

緊急の安全指示と、その後の指導が連続しやすい

差し迫った危険があるときは、まず作業を止めることが優先です。この場面では、簡潔で強い口調が必要になることがあります。しかし、安全が確保された後まで人前で怒鳴り続けたり、過去の失敗や人格に話を広げたりすれば、緊急性による正当化は認められにくくなります。

実務においては、「緊急停止」と「振り返り」を分ける必要があります。危険時は「停止、電源を切って離れて」など、短く具体的に伝え、安全確保後は場所を移し、何が危険だったか、どの手順に反したか、次にどうするかを確認することが望ましいです。

経験差が大きく、「常識」が共有されていない

熟練者には当然に見える作業や常識も、新人、外国人労働者、技能実習生、派遣労働者、配置転換者には共有されていないことがあります。「見れば分かる」「前にも言った」で終えると、教育不足を本人の能力や態度の問題に置き換えてしまいます。写真付き手順、見本、復唱、実演、理解確認など、技能を可視化する仕組みを構築することが大切です。

管理職個人に安全・品質・納期の責任が集中している

人員不足や短納期のなかで、現場リーダーだけに結果責任を負わせれば、指導は感情的になりやすくなります。パワハラ防止を「管理職の人柄の問題」に矮小化せず、人員配置、教育時間、工程設計、相談経路まで含めた組織課題として扱うことが、再発防止につながります。

パワハラの三要素と、実務上の判断軸

ここからは、どういった言動がパワーハラスメントに該当するのか、チェックしていきましょう。職場のパワーハラスメントは、一般に、次の三要素をすべて満たす言動と整理されています。

1 優越的な関係を背景とした言動

典型は上司から部下への言動ですが、役職だけで決まりません。特定の技能や情報を握るベテランから新人への言動、同僚の集団から一人への言動など、相手が抵抗や拒絶をしにくい関係であれば該当し得ます。

2 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動

指導の目的が正当でも、手段が相当とは限りません。判断では、指導の目的、問題行動の内容と程度、注意の必要性と緊急性、言葉の内容、場所、時間、回数、継続性、当事者の関係、本人の経験、心身の状態などを総合的に見ます。重大な安全違反や、繰り返される業務命令違反に対する一定程度強い注意が、直ちにパワハラになるわけではありません。他方、人格否定、退職強要、長時間は、業務上の必要性では説明しにくい言動です。

3 労働者の就業環境が害される言動

言動により身体的・精神的苦痛を受け、就業するうえで看過できない程度の支障が生じることをいいます。本人の感じ方は重要な事情ですが、それだけでなく、同様の状況に置かれた平均的な労働者がどう受け止めるかという観点も用いて判断されます。「この職場では普通」「昔はもっと厳しかった」という慣行は、相当性を保証しません。

裁判実例に見る「内容に正しい点があっても、方法が不相当」とされたケース

池一菜果園ほか事件では、農産物の生産・加工・出荷などを行う会社で働く、勤続年数の長い女性従業員に対する叱責と、長時間労働による心理的負荷が問題となりました。

従業員は事前に休暇の了解を得ていましたが、役員は十分な事実確認をしないまま、許可なく休むものと誤解して強い口調で叱責し、従業員は休暇を取りやめました。その後も、休日・時間外に呼び出され、部下の前で一方的な指導を受けました。指導事項のなかには業務上指摘すべき内容も含まれていましたが、事実確認、時期、場所、伝え方に問題がありました。

第一審の高知地方裁判所判決(2020年2月28日)と控訴審の高松高等裁判所判決(2020年12月24日)は、言動・叱責だけを切り取って「それだけで自死の原因になった」と単純化したわけではありません。叱責は短時間で、人格を執拗に攻撃する内容ではなかったことなどから、その出来事単独の心理的負荷は「中」程度と評価されました。その一方、慢性的な長時間労働と疲労を合わせた全体の心理的負荷は「強」と判断されました。

さらに、会社には長時間労働を把握・改善する仕組みや、管理職に適切な指導方法を学ばせる体制が不足していたとして、安全配慮義務違反などが問題とされ、取締役個人の責任も認められました。

この事件から得るべき教訓は、「厳しく言ったから違法」「指導内容が正しいから適法」という二択ではありません。事実を確かめる、相手の説明を聞く、人前を避ける、必要な範囲に絞る、長時間労働や疲労を把握する、管理職を教育するという組織的な配慮が必要です。なお、本件の言動は現在のパワハラ防止措置が法制化される前のものであり、裁判所が現行法の三要素をそのまま当てはめた事案ではない点にも注意が必要です。

管理職・現場リーダーが今日から変えられる指導方針

指導は、次の五つに分けると、必要性と相当性を説明しやすくなります。

1 事実

評価や決めつけから入らず、「15時ごろ、保護カバーを上げたまま機械を動かした」のように、確認できた事実を示します。伝聞しかない場合は断定せず、まず本人の説明を聞きます。

2 基準

どの作業標準、安全手順、品質基準、就業上のルールに関係するのかを示します。「普通は分かる」「常識だ」ではなく、ルールを共通言語にします。

3 目的

事故防止、品質確保、再発防止など、指導の目的を明確にします。目的が曖昧なまま感情をぶつけると、必要な指導から外れやすくなります。

4 方法

緊急時は短く具体的に停止を命じ、安全確保後の説明は原則として個別に行います。大声、侮辱、長時間、繰り返し、人前でのつるし上げが本当に必要かを点検します。通訳、図解、実演が必要な相手には、理解できる方法を選びます。

5 次の行動と支援

本人に求める改善だけで終わらせず、再教育、設備改善、ダブルチェック、作業量の調整、一定期間後の面談など、会社側が行う支援も決めます。

記録も「態度が悪い」「やる気がない」といった抽象語ではなく、確認した事実、本人の説明、適用した基準、求めた改善、会社が提供する支援、再確認日を残します。記録は処分のためだけでなく、指導の一貫性と再発防止に役立てることが重要です。

パワハラを受けたと相談があったときに、会社が避けるべき二つの即断

一つ目は、訴えがあっただけで直ちに「パワハラ認定」とすること。

二つ目は、「指導の一環だから」と直ちに退けることです。

どちらも、関係者の納得と調査の公正さを損ないます。

相談者と、行為を指摘された側からは、原則として別々に話を聞きます。必要に応じて、メール、チャット、業務日報、入退場記録、勤怠、録音、周囲の目撃者などを確認します。指摘を受けた本人だけを調査担当者・最終判断者にせず、利害関係の薄い人事担当者や外部専門家を関与させることも検討します。

調査中も、相談者と関係者のプライバシーに配慮し、相談したことや事実確認に協力したことを理由とする不利益取扱いを防ぎます。

事実が一部しか確認できない場合でも、コミュニケーション方法の改善、配置上の配慮、管理職研修など、確認できたリスクに応じた措置は可能です。

会社として整えるべき「体制・基準・実行」

体制:誰が受け、誰が調べ、誰が決めるか

相談窓口の連絡先だけでなく、受付、緊急保護、事実調査、措置判断、経営への報告、再発防止までの役割を決めます。

基準:現場の言葉で境界を共有する

「ハラスメントをしない」という抽象的な宣言だけでなく、緊急の安全指示、通常の業務指導、懲戒・人事上の対応、人格攻撃を区別し、具体例を示します。重大事故につながる行為への強い注意が必要な場合にも、危険を止める言葉と、その後の説明・処分判断を分ける基準を用意します。

実行:研修、記録、相談、見直しを回す

管理職研修は一度の講義で終わらせず、実際のヒヤリハットや指導場面を使ったケース検討にします。相談件数が少ないことを「問題がない証拠」とせず、相談しやすさ、初動の速さ、同種事案の再発、部署ごとの長時間労働などを定期的に確認します。管理職が迷った段階で人事や外部専門家に相談できる経路も、予防策の一部です。

Q&A

Q パワハラが原因で従業員がメンタル不調になった場合、必ず労災になりますか?

A 必ずではありません。労災では、精神障害の発病、業務による強い心理的負荷、業務外要因などを現行の認定基準に沿って判断します。言動の内容、程度、頻度、継続性、当事者の関係、会社の対応、長時間労働などが検討されます。労災は行政上の給付認定であり、会社や上司の民事責任の有無とは別の判断です。

Q 自分の言動がパワハラかもしれないと思ったら、まず何をすべきですか?

A まず、その言動を繰り返さないでください。そのうえで、可能な限り、いつ、どこで、誰に、何を、どのような状況で伝えたかを記録し、メールやチャットも保存してください。上司、人事、相談窓口に相談します。ハラスメントに該当する可能性がある場合でも、相手に何度も連絡したり、独断で面談や謝罪の場を設けたりすると、圧力や口裏合わせと受け取られるおそれがあります。謝罪や関係修復は、相手の意向と会社の調整を踏まえて行います。

Q パワハラと言われるのが怖く、必要な指導まで避けてしまいそうです。

A 必要な指導をしないことが正解ではありません。「何を直してほしいのか」と「どう伝えるのか」を分けて考えます。事実と基準を示し、必要な範囲で、相手が理解できる方法を選び、次の行動と支援まで確認すれば、指導の目的が明確になります。迷う案件を管理職一人で抱え込ませない会社の仕組みも必要です。

まとめ 必要な指導と、尊厳を守る職場は両立できる

製造現場では、安全・品質を守るために、明確で時に厳しい指導が必要です。しかし、必要性があることと、どのような方法でも許されることは同じではありません。危険時は短く具体的に止める。安全確保後は、事実、基準、目的、方法、次の行動と支援を分けて伝える。相手の経験や疲労を確認し、人前での長時間の叱責や人格否定を避ける。この積み重ねが、「言えない職場」でも「怒鳴る職場」でもない、安全で学習できる現場をつくります。

パワハラ防止は、管理職の話し方だけに委ねる問題ではありません。相談体制、教育時間、記録、労働時間管理、再発防止を会社の仕組みとして整えることが、現場の管理職を守り、従業員の尊厳と生産性を守ることにつながります。

参考文献・判例

吉野モア法律事務所 代表弁護士
吉野 誉文(よしの もとふみ)

京都大学法科大学院修了、大阪弁護士会所属。2022年に吉野モア法律事務所を開所し、製造業をはじめ、建設業・不動産業・人材業など幅広い業種の顧問弁護士を務める。中小企業のコンプライアンス体制構築やハラスメント対応、外国人労働者の労災・労務問題(年間300件以上の相談実績)を数多く手がける。トラブルが起きてからではなく「トラブルが起きない仕組みをつくる」予防法務を信条とし、企業のハラスメント研修や組織づくり、次世代経営者の育成支援にも力を入れている。吉野モア法律事務所:https://yoshinomore-law.jp/

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